「神無月」(宮部みゆき)

交わるはずのない二本の直線が

「神無月」(宮部みゆき)
(「日本文学100年の名作第8巻」)
 新潮文庫

深川の一膳飯屋で
岡っ引きが一人、
酒を飲んでいる。
岡っ引きは毎年神無月の
一夜だけ現れる
押し込み強盗のことを
考えている。
そしてある長屋では、
男やもめが幼い娘のために
お手玉を作っている。
全く関わりのない
二人の男は…。

これまでミステリやSFについて
取り上げてきた宮部みゆき作品ですが、
本作品は私の本棚にある
唯一の宮部の時代作品です
(といっても、アンソロジーの
一篇なのですが)。
本作品も読み応えがあります。
それは、二人の男が交互に描かれる
構成の妙です。

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一人は「岡っ引き」。
描かれているのは
一善飯屋の主人との語らいだけです。
そこで岡っ引きは前記した
押し込み強盗の話を
しみじみと語るのです。
毎年神無月(十月)に一度だけ現れる。
手口は鮮やかで、明かりも付けずに
家人の寝床に入り込み、刃物で脅す。
そのくせ五両から十両程度の
金子しか奪わない。
刃物は脅しのためであり、
むやみに使わない。
一風変わった「盗賊」なのです。

もう一人は「男」。
これまでの述懐が描かれています。
女房は娘を産んで
すぐに亡くなったこと。
それが神無月であったこと。
残された一人娘は病弱で、
金のかかる薬が必要であること。
そして、娘が寝静まってから
「仕事」に出かける算段をしている様子。
「盗賊」はこの「男」であることが
容易にわかる仕掛けです。

短篇ながら、
一から八までの章に分かれ、
奇数番号には「岡っ引き」、
六までの偶数番号には
「男」が描かれています。
まったく無関係な二人が写し出され、
章が進行するうちに
その二人の距離感は狭まるような
感覚を覚えます。
そして最後の「八」。
二人は動き始めるものの、
そこで物語は終わります。
交わるはずのない二本の直線が、
交わろうとする景色を見せた途端に
視界から消え去ったような印象です。

従って、結末は描かれていません。
「男」は最後の仕事に成功するのか?
「岡っ引き」は下手人にたどり着くのか?
娘の未来はいったいどうなるのか?
すべては読み手の想像に
任せられているのです。

しかし、作者・宮部みゆき
ただ任せっぱなしにはしていません。
最後に手がかりとなる
強烈な一文を残しています。
「神様は、出雲の国に去っている。」

あえて結末を描出しなくとも、
読み手にはしっかりと
その切ない情景を味わわせる
類い希なる手法。
現代屈指のストーリー・テラー・宮部の
力量の高さがひしひしと感じられる
傑作短篇です。
宮部作品を、
無性に読みたくなってきました。

※本作品はこちらの本にも
 収録されています。

〔本書収録作品一覧〕
1984|極楽まくらおとし図 深沢七郎
1984|美しい夏 佐藤泰志
1985|半日の放浪 高井有一
1986|薄情くじら 田辺聖子
1987|慶安御前試合 隆慶一郎
1989|力道山の弟 宮本輝
1989|出口 尾辻克彦
1990|掌のなかの海 開高健
1990|ひよこの眼 山田詠美
1991|白いメリーさん 中島らも
1992| 阿川弘之
1993|夏草 大城立裕
1993|神無月 宮部みゆき
1993|ものがたり 北村薫

(2021.5.2)

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